Music People Vol.1 井上 学
「みんなでやるのが楽しいから」こんな単純な理由でも40年間続くものである
満開の桜が散り、新緑が目に映える季節。中学校の木造校舎の二階理科実験室で、青白い坊主頭の中学生が試験官片手に実験に集中していた。今まさに化学反応で煙を発する直前、中庭と言われる池の側をブラスバンド部がパレードを開始した。
「♪~プカプカドンドン~♪」
坊主頭の中学生は、実験はそっちのけで校舎の上からそのパレードに釘付け状態に。今から考えれば、ブラスバンド部による新入生勧誘デモンストレーションに見事に獲物が引っかかり、その坊主頭の中学生は翌日、部室のドアをノックすることになる。
同様にひっかかった獲物はもう一人。目の前には長身の剃りこみを入れた、いかつい先輩が立つ。
「おい、二人並んでみろ。おっ、お前は手が長いからこれ。あんたは背が低いからこれや。」
坊主頭の方には伸縮する管がついた、長いラッパが手渡される。トロンボーンと言われるこの楽器と40 年後も付き合うことになるとは、この時考えもしなかった。
現在、吹奏楽指導を専門にしている私と吹奏楽の出会いは、まさにこう言ったいい加減なものである。
ご幼少のみぎりよりバイエル・ソナチネ・ソナタを習い、年に何度かの発表会を経験してこられた良家の子女とは比較にならないぐらい、適当である。にもかかわらず、良家の子女がやめてしまっている音楽を、なぜ私が続けているのか。今回の原稿依頼を機に冷静に考えてみる。「みんなでやるのが楽しいから。」こんな単純な理由でも40 年間続くものである。
中学校ではトロンボーンを吹きながら、ピッコロを吹いている憧れの上級生とデュエットしたいと思いながら話しかけてみる。
「あんた、ちょっと『ド』の音を出してみ。」
「ハ、ハイッ!」♪~プ~♪
「あんた、違うで。『ド』やがな。」
「ハ、ハ、ハ~イッ!」♪~プスッ~♪
「あんた、ちょっと。なめてんの?」
「あの~先輩。私の楽器の『ド』と、先輩の楽器の『ド』は違うんですか?」
坊主頭が、移調楽器について初めて理解した瞬間である。
坊主頭はどん欲でもある。当時テレビで流行っていた刑事ドラマのテーマをアルトサックスが颯爽と吹くのがカッコよく、ぜひあの真似事したいと、剃りこみ入れた先輩に頼みにいく。
「よっしゃ。お前、その前に校歌の楽譜を吹いてみろ。」
もらった校歌の楽譜には、歌詞とは似ても似つかぬヘンテコリンな旋律が書いてある。坊主頭は、対旋律について初めて触れた瞬間である。
時は1970 年代、世はまさにフォークソング全盛の頃。放課後の教室でフォークギターを弾く不良と一緒にヒットソングを歌いながら、楽器・・・と言っても貧乏な家庭の坊主頭にフォークギターを買ってもらえる余裕はなく、学校の足踏みオルガンぐらいしかない。
不良との共通の話題は、伴奏するためのコードネーム。これが架け橋となって、坊主頭は不良からいじめられずにすむ事になる。
坊主頭にとっての吹奏楽指導の知識は、こうした実体験を通じて習得していくのであった。
音楽大学卒業せずに、大学では経営学を専攻し、20 年間のサラリーマン生活を経て吹奏楽部の顧問をしている私は、こうして学生時代に苦労したことが、現在役に立っているのである。
バンド指導で悪戦苦闘の日々の連続、みなさん苦労をわかち合いましょう。
井上 学【いのうえ・まなぶ】 公益社団法人日本吹奏楽指導者協会本部理事 早稲田摂陵高等学校ウィンドバンド指揮者 |